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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)7号 判決 1999年12月13日

原告

湊崎和彦

被告

北田浩司

ほか六名

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告持田繊維株式会社及び被告北田浩司は、原告に対し、連帯して金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告荒木智子は、原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する平成六年六月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告荒木信吾、同荒木直子、同荒木健吾及び同荒木昇吾は、原告に対し、それぞれ金六二万五〇〇〇円及びこれに対する平成六年六月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告北田浩司(以下「被告北田」という。)運転の被告持田繊維株式会社(以下「被告持田繊維」といい、被告北田及び被告持田繊維を「被告北田ら」 という。)所有車両が信号待ちの原告運転車両に対し追突した事故について、原告が被告北田に対し、民法七〇九条に基づき損害賠償請求をし、被告持田繊維に対し、自賠法三条及び民法七一五条に基づき損害賠償請求をし、また、原告が、荒木修身(以下「荒木医師」という。)の診療契約上の債務不履行に基づき、荒木医師の相続人である被告荒木智子、同荒木信吾、同荒木直子、同荒木健吾及び同荒木昇吾(以下「被告荒木ら」 という。)に対し、損害賠償請求をした事案である。

一  争いのない事実等

(一)  事故(以下「本件事故」という。)の発生

日時 平成六年五月二〇日午後五時五〇分

場所 大阪市北区梅田三丁目府道高速大阪池田線

車両一 普通貨物自動車(なにわ四四ろ五四一五、以下「被告北田車両」 という。)

運転者 被告北田

所有者 被告持田繊維

車両二 普通乗用自動車(大阪七八る二〇四、以下「原告車両」という。)

運転者 原告(昭和四〇年一月一二日生)

事故態様 原告車両が阪神高速下り口坂道付近で信号待ちのため停車していたところ、被告北田車両が後方から原告車両に追突した。

(三)  責任原因

本件事故は、被告北田の前方不注視の過失により発生したものであるから、被告北田は民法七〇九条の責任を負う。

本件事故は、被告北田が被告持田繊維の業務を執行中の事故であるから、被告持田繊維は民法七一五条の責任を負い、また、被告持田繊維は被告北田車両の保有者であるから自賠法三条の責任を負う。

(四)  入通院経過

ⅰ 阪和病院

平成六年五月二〇日から同月二三日まで通院(実通院日数三日)

ⅱ 八尾徳洲会病院

平成六年五月二五日通院(実通院日数一日)

ⅲ 荒木整形外科医院

平成六年五月二四日から同年六月二八日まで通院(実通院日数三一日)

ⅳ 真和館カイロプラクティック楠木按・鍼灸治療院(甲一一)

平成七年五月六日から同年五月三〇日まで通院(実通院日数四日)

ⅴ 坂本整骨鍼灸療院(甲一二、一三)

平成七年七月二五日通院(実通院日数一日)

ⅵ 八尾市立病院(甲三、二八)

平成七年八月二九日から同九年九月二日まで入通院(同七年九月一八日から同年一二月一一日まで入院、実通院日数一四日)

(五)  既払い

阪和病院分治療費 四万四九二〇円

徳州会病院分治療費 四万一六二〇円

荒木整形外科医院分治療費 二五万九四四六円

原告は、以上の各金員のほか、六五万円を受領した。

(六)  示談契約

原告と被告北田らは、平成六年六月二九日、本件事故に関し、概ね次の内容の示談契約(以下「本件示談契約」という。)を締結した(甲二)。

<1> 被告北田らは、原告に対して治療費(平成六年五月二〇日より平成六年六月二八日まで)を負担する。

<2> 被告北田らは、原告に対し、前項の治療費を除く一切の損害賠償額が金六五万円であることを認め送金にて支払う。

<3> 原告に今後万一、本件事故に起因する後遺障害が発生した場合は、医証に基づき、被告北田ら加入の自賠責保険(日産火災 番号〇七三三一八一二二)に直接請求するものとする。

二  争点

本件の争点は、<1>後遺障害の内容、程度、本件事故との相当因果関係、<2>本件示談契約の効力、<3>本件事故による損害額、<4>荒木医師による診療契約上の義務違反及び損害の発生である。

(一)  争点<1>(後遺障害等)について

(原告の主張)

原告は、本件事故により、最終的に第四・第五頸椎椎間板ヘルニアとの診断を受け、平成九年九月二日症状固定の診断を受けた。

原告は、現在も右手のしびれ、握力低下、頸部痛、前方固定術時の右骨盤採取後の痛みが続いている。原告は、腰の骨を取って頸椎椎間板を挿入移植しており(頸椎前方固定術)、腰及び首前面に手術痕が残っている。また、右手術後、頭蓋輪牽引を装着することとなり、固定のためのピンの穴を左右こめかみ及び額、後頭部の四カ所に開けたため、その部分が禿げたり、固定装置痕が残っている。これらの事情も勘案すれば、原告の症状は自賠責保険後遺障害等級七級四号(神経系統の機能又は精神に傷害を残し、簡易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当する。

(被告北田らの主張)

本件事故により原告が被った物損額は、八万三九〇〇円と極めて軽微であり、原告主張の後遺症等は、本件事故とは因果関係がない。原告は、本件事故に遭う以前から頸椎脊柱管狭窄の素因を持っていた。また、原告は、本件交通事故に遭う前である平成四年ころから、頸椎椎間板ヘルニアであった可能性が大きい。

(二)  争点<2>(本件示談契約の成立)について

(被告北田らの主張)

原告と被告北田らとは、平成六年六月二九日、本件事故に関して、示談した。

(原告の主張)

原告は、本件事故後わずか一ヶ月強の時点で、主治医である荒木医師が適正な検査を行わず、その結果誤った診断を受け、同医師から早期の示談を勧められ、保険会社の担当者から鞭打ちは三ヶ月たったら打ち切りと注意され、交通事故による全損害を把握し難い状況の下において、早急に、約一ヶ月分の負傷に対する少額の賠償金の支払を受けることをもって示談したものである。したがって、本件示談契約によって原告が放棄した損害賠償請求権は、本件示談契約当時予想していた示談日までの損害(多めにみても事故から三ヶ月分)についてのみと解すべきであり、本件示談契約当時予想できなかった長期の療養及び後遺障害に基づく損害については、別途被告北田らに対して請求することができる。

(被告北田らの反論)

保険会社の担当者が強引に示談をすすめた事実はない。

(三)  争点<3>(損害額)について

(原告の主張)

ⅰ 治療費

阪和病院分(任意保険会社から支払済み) 四万四九二〇円

徳州会病院分(任意保険会社から支払済み) 四万一六二〇円

荒木整形外科医院分(任意保険会社から支払済み) 二五万九四四六円

坂本整骨鍼灸療院分 一五〇〇円

真和館カイロプラクティック楠木・按鍼灸治療院分 一万三〇〇〇円

八尾市立病院分 二万一一五〇円

なお、平成七年九月以降、原告は本件傷病により就業困難であるとして、生活保護受給決定を受け、以後治療費については無料となった。

ⅱ 休業損害

本件事故前三ヶ月間に、西岡塗装店及び伊藤塗装店から受領した給料総額は、一一五万二〇〇〇円であり、日額一万二九四三円である。

原告は、本件事故により利き腕である右手がしびれ、頭痛が続き、事故翌日の平成六年五月二一日から休業した。

ただし、平成六年一二月から平成七年一月までは石田鉄工所の臨時運転手として日当七〇〇〇円で稼働したが、本件事故による症状によって、以後、稼働できなかった。

事故日の翌日から症状固定日まで一二〇〇日間の休業損害は、以下の計算式のとおりとなる。

(計算式)

一万二九四三円×一二〇〇日-七〇〇〇円×六〇日=一五一一万一六〇〇円

ⅲ 逸失利益

原告は、現在も右手のしびれ、握力低下、頸部痛、頸椎前方固定術時の右骨盤骨採取後の痛みが続いており、元の塗装工として復帰することは不可能であり、軽作業の事務に短時間従事するのが精一杯の状態である。

したがって、事故直前の年収(四七二万四一九五円)と軽作業事務職パート社員の給与(年間一〇〇万円前後)の差額三七二万四一九五円が年間の労働能力喪失分であり、症状固定日 (三二歳)から六七歳まで(新ホフマン係数一九・九一七)就労可能であるから、逸失利益は以下の計算式のとおりとなる。

(計算式)

三七二万四一九五円×一九・九一七=七四一七万四七九一円(一円未満切捨て)

ⅳ 入通院慰謝料 二五〇万円

入院三ヶ月弱、通院三年強に対する慰謝料として上記金額が妥当である。

なお、通院の際は、公共交通機関やタクシー、知人運転の乗用車を利用していたが、金額的には少額であり、かつ資料も残っていないため、通院交通費としては請求しないが、入通院慰謝料として斟酌すべきである。

ⅴ 後遺障害慰謝料 九〇〇万円

原告は、腰の骨を採って頸椎椎間板に挿入移植しており(頸椎前方固定術)、腰及び首前面に手術痕が残っている。また、右手術後、頭蓋輪牽引を装着することとなり、固定のためのピンの穴を左右こめかみ及び額、後頭部の四ヶ所に開けたため、その部分が禿げたり、固定装置痕が残っている。

上記の事情も勘案すれば、原告の症状は自賠責保険後遺障害等級七級四号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当し、九〇〇万円の慰謝料が相当である。

ⅵ 弁護士費用 三〇〇万円

(被告北田らの主張)

ⅰ 治療費

平成七年五月六日以降の原告の入院・通院は、本件事故との因果関係がないから、その間の治療費を支払うべき理由がない。

ⅱ 休業損害・入通院慰謝料

原告主張の休業損害・入通院慰謝料は、平成六年六月二九日締結の本件示談契約の中に含まれており解決済みである。仮に、本件示談契約に含まれない休業損害・入通院慰謝料があるとしても、これらについては本件事故との因果関係がない。

ⅲ 逸失利益・後遺障害慰謝料

原告主張の後遺障害と本件事故との因果関係はない。

(四)  争点<4>(荒木医師の診療契約上の義務違反等)について

(原告の主張)

ⅰ 荒木医師は、原告の訴える主症状からして、頸椎損傷の可能性が否定できないことを念頭に置いた上で、整形外科医として当然実施すべき検査をすべきところ、それを怠り、平成六年六月二八日の来診当時、原告が頸椎椎間板ヘルニアに罹患していたことを看過し、症状も軽く検査所見も異常なし、これ以上の治療は無駄であるとして、強行に治療の打ち切りを指導し、主治医としての診療契約上の義務に大きく違反する行動をとった。

原告の症状は荒木医師受診時に既に存在していたものであるから、被告荒木が適切な検査を行っておれば、早期に適切な治療を受けられたはずであるのに、その機会を逸し、少なくとも五〇〇万円以上の精神的損害を被った。

ⅱ 荒木医師は、上記のとおり原告の症状が軽いものと軽信し、原告やその父親に対し、自然に治癒すると述べて、保険会社との示談をするよう強く勧めた。

その結果、原告は、治療中止の翌日、保険会社との間において、本件示談契約を締結するに至ったものである。したがって、被告北田らとの関係で本件示談契約の締結によって損害賠償請求権が制限ないしは否定される場合、それは荒木医師の義務違反によるものであるから、原告は、示談していなければ被告北田らに対して請求できたはずの損害賠償額と示談額との差額に相当する損害を荒木医師の診療義務違反により被った。

ⅲ 荒木医師は、原告が受診した時点で、適切な検査を実施すべきであり、また、頸部についてのMRI検査を八尾徳州会病院に依頼紹介すべきであったにもかかわらず、それをしなかった。

それらをしていれば、原告のその時点での頸椎椎間板ヘルニアの有無が判明し、本件事故と原告の症状との相当因果関係がより容易に立証できたはずである。したがって、本件事故と原告の症状との相当因果関係がないとして原告の被告北田及び被告持田繊維に対する請求が棄却された場合、それは荒木医師の義務違反によるものであるから、原告は、相当因果関係が立証できれば被告北田及び被告持田繊維に請求できたはずの損害賠償額と示談額との差額に相当する額を損害として被ったものである。

(被告荒木らの主張)

スパーリングテストは疼痛誘発テストに過ぎず、疼痛自体は種々の頸椎損傷においてみられるのであるから、頸椎捻挫でも同様の痛みが誘発されることは当然であって、テストの結果が直ちに頸椎椎間板ヘルニアの存在を裏付けるとはいえない。

荒木医院での受診終了の時点において、頸椎椎間板ヘルニアを示す症状は存在しなかった。

第三争点に対する判断

一  争点<1>(後遺障害等)について

(一)  事故態様

証拠(甲一、二四、乙一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

原告は、本件事故時、助手席に親戚を乗せ、大阪駅に向かい高速道路を下り、本件事故現場である高速道路下り口において、赤信号のために停車した。本件事故現場は、カーブを曲がった先にあり、下り坂になっていた。また、原告車両とその前方停車車両との間隔は、車両約一ないし二台分であった。原告がシートベルトをしてフットブレーキをかけて停車していたところ、被告北田車両が後方から原告車両に追突し、原告車両はその勢いで前方に進行したが、前方車両等に衝突する前に停止した。

なお、本件事故による原告車両の損傷修理見積代金は、八万三九〇〇円(消費税含む)であった。

(二)  原告の症状経過

証拠(甲三ないし五、七、一一ないし二九、三一、三三の一、二、丙一、二、原告本人、荒木医師)によれば、以下の事実が認められる。

ⅰ 原告は、本件事故後、右手のしびれ等を訴え、阪和病院(黒川医師)に通院し、頸部捻挫、腰部打撲、右第1指打撲の診断を受け、平成六年五月二〇日から同月二三日まで、三日間(実日数)通院した。

その後、原告は、平成六年五月二四日に頸部の運動痛、右拇指のしびれ、頸椎の後屈時の疼痛、腰部・腰筋の圧痛を訴え、荒木整形外科医院(荒木医師)を受診し、スパーリングテストで右上肢に軽度の陽性を認めたが、頸椎、腰椎のレントゲン検査の結果、頸椎には特記すべき異常所見はなく、第五腰椎に分離症が認められた。

以後、原告は平成六年六月二八日まで同医院に通院し、その間、頸椎捻挫、腰椎捻挫、右拇指捻挫の診断の下、理学療法(牽引、超短波)による治療を受けるとともに湿布剤と消炎鎮痛剤の交付を受けた。なお、原告は、この間、平成六年五月二五日、頭部及び右目の違和感と疼痛を訴えたため、荒木医師の電話での指示により八尾徳州会病院に通院し(通院日数一日)、CTによる頭部精密検査がなされたが、異常は見つからなかった。平成六年五月三〇日には、右拇指の基節関節の圧痛を訴えたため、右拇指についてレントゲン検査がなされたが、異常所見は見つからなかった。その後、原告は頭痛、腰痛等を訴えて通院したが、同年六月二八日に治療を受けて以後同医院に通院していない。なお、同日付けの診療録には、経過良好との記載がある。

ⅱ その後、原告は、平成六年六月二九日から平成七年五月五日まで、病院等に通院等したことがなかった。なお、原告は、この間、トラック運転手等として稼働していた。

ⅲ 原告は、足のしびれや痛みを訴えて、平成七年五月六日から同月三〇日まで真和館カイロプラクティック楠木按・鍼灸治療院に通院した(実通院日数四日間)。

また、原告は、同年七月二五日に、坂本整骨鍼灸療院に通院し、頸椎捻挫の傷病名で三〇日間の安静加療を要する旨の診断を受けた。

ⅳ 原告は、同年八月二九日、原告母親が当時入院していた八尾市立病院に付き添いをしていた際、同病院整形外科の診察を受け、平成九年九月二日まで通院した。その際、原告は、一ヶ月前より両下肢がしびれ、現在、腰痛、肩こりがあり、手がはった感じがし、ボタンかけや箸を持つのが困難である旨を訴えた。また、三年前人とぶつかって両上肢がしびれたことを医師に話した。また、X線写真上、頸椎脊柱管がもともと狭いことが確認された。

なお、八尾市立病院に通院の間の平成七年九月七日には、椎間板ヘルニアにより、今後二ヶ月間の休業加療を要する見込みとの診断を受け、同年九月一八日から同年一二月一一日まで同病院に入院し、この間、同年九月二七日に、第四・第五頸椎椎間板ヘルニアに対し、頸椎前方固定術を施行した。また、平成九年九月二日、同病院にて、椎間板ヘルニアの傷病名で症状固定の診断を受けた。

ⅴ 原告は、自賠責保険会社から、平成九年一一月二五日頃、頸椎椎間板ヘルニアと本件事故との因果関係が認められないため、後遺障害等級は非該当であるとの通知を受けた。

ⅵ 八尾市立病院山沢猛医師は、平成一〇年一二月四日付の調査嘱託回答書において、本件事故と頸椎椎間板ヘルニアとの因果関係ははっきりしない旨回答している。

(三)  判断

以上認定の原告の症状経過からすれば、平成七年八月二九日の時点で、原告に頸椎椎間板ヘルニアの症状があったことを認めることができる。しかし、同日に原告が訴えた症状と原告が事故直後に訴えた症状とを比較ずれば、前者が明らかに重く、また、原告は平成六年六月から平成七年四月までの間、病院等に全く通院しておらず、トラック運転手として稼働していたことなどからずれば、頸椎椎間板ヘルニアによる症状が出たのは、平成七年半ばころになってからと認めるのが相当である。また、原告は、もともと頸椎脊柱管が狭く、本件事故前にも、人とぶつかって両上肢がしびれるなどの症状を呈したことがあり、頸椎椎間板ヘルニアを発症しやすい体質的素因を有していたと認められる。以上に加え、本件事故態様、八尾市立病院の担当医師であった山沢医師の調査嘱託に対する回答書などを総合考慮すれば、原告主張の頸椎椎間板ヘルニアは、原告の体質的素因に本件事故以外の要因が加わって発症したものと窺われ、本件事故と原告主張の頸椎椎間板ヘルニアの症状との間に、相当因果関係を認めるには足りないというべきである。

二  争点<2>(本件示談契約の成否)について

争いのない事実、証拠(甲二、二四、乙一、二、丙二、証人岡、原告本人、荒木医師)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

荒木医師は、原告に対し、平成六年六月初旬ころ、症状も軽いので適当な時期が来たら保険会社と話をするようにアドバイスをした。また、原告と被告北田らの代理人である保険会社の担当者は、平成六年六月ころから電話で原告と示談交渉を開始した。

原告は、示談交渉の際、保険会社の担当者に対して、休業損害につき税金で申告している額より高く評価してもらいたい旨話していた。また、保険会社の担当者は、荒木医師から電話で、原告の症状はそれほど重くない旨の報告を受けていた。

原告は、平成六年六月二八日まで、荒木整形外科医院に通院していたが、その後は、荒木整形外科医院に通院していない。

原告と保険会社の担当者は、同月二九日にはじめて会い、その場で本件示談契約を締結した。

以上認定の事実及び前記争いのない事実から認められる本件事故から本件示談契約の締結までの期間、示談に係る金額、本件示談契約時の状況等からすれば、本件示談契約において、後遺障害による損害(逸失利益、後遺障害慰謝料等)については、本件示談契約当時当事者の予想し得ない後遺障害が残存した場合は、別途協議することとするが、その請求方法としては、第一次的に自賠責保険の被害者請求の方法によるべきことが合意され、後遺障害を除く損害(治療費、休業損害、入通院慰謝料等)については、本件示談契約所定の金額をもって解決する旨合意されたものと認めるのが相当である。

原告は、保険会社の担当者や荒木医師が不当に本件示談契約の締結を強制した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

以上により、後遺障害による損害以外については、示談が成立しているものと認められるから、その部分についての原告の被告北田らに対する請求は認められない。また、後遺障害に基づく請求については、本件事故当時当事者の予想し得ない後遺障害が本件事故により残存したと認められないので、原告の被告北田らに対する請求は理由がない。

よって、原告の被告北田らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

三  争点<4>(荒木医師の診療契約上の義務違反等)について

原告は、荒木医師の診療契約上の義務違反により適切な治療を早期に受けられなかったものであり、その治療が受けられなかったことによって、原告は五〇〇万円以上の精神的損害を被った旨主張する。しかし、前記認定の原告の症状経過によれば、荒木医師の診察によれば、スパーリングテストの結果が陽性であったものの、頸部についてのレントゲン検査により、特に異常所見がなかったことが認められる。また、原告の訴えに係る症状(頸部痛、右拇指のしびれ等)は通常の頸部捻挫によって発症することも多いものであることを考えると、荒木医師の診断の当時、原告に頸椎椎間板ヘルニアの疑いがあると判断することは困難であったと認められる。したがって、荒木医師に原告主張の診療契約上の義務違反等の行為があったとは認められない。

また、原告は、荒井医師の診療契約上の義務違反等により、本件示談契約を締結し、その結果、被告北田らに対する損害賠償請求権を失った旨主張する。しかし、上記認定のとおり、原告の後遺障害による損害についての示談はその請求方法を定めるものにすぎないと認められるから、後遺障害による損害について損害賠償請求権を失ったことを前提とする原告の主張は理由がない。また、後遺障害以外の損害についての示談契約の締結については、前記認定のとおり、原告は任意にそれをなしたと認められるのであり、荒井医師が本件示談契約の締結を原告に強要した等の事実は認められない。

さらに、原告は、荒木医師の診察契約上の義務違反等により、本件事故と後遺障害との因果関係の立証が不可能となったとして、後遺障害に基づく損害額相当の損害を被ったと主張する。しかし、原告にその主張に係る損害が発生したというためには、本件事故による後遺障害が存在すると認定できることを前提とするところ、上記認定のとおり、原告につき本件事故による後遺障害の発生が認められないのであるから、原告の主張は理由がない。

以上により、原告の被告荒木らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない

四  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 中路義彦 山口浩司 下馬場直志)

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